アイリス

2021年6月2日 09時37分

牛舎の仕事を始めて2年になります。

早朝5時前から搾乳、給餌、除糞等の作業をひとりで行っています。

始めの頃は、失敗したらどうしようと緊張の連続でした。

トラブルがあっても他に頼る人がいないので・・・。

しかし今では、もうすっかり慣れました。

忘れられない牛がいます。

「3番」のネックバンドをつけた牛。

とても人なつっこい牛でした。

その牛は、搾乳が終わり、除糞を始めると必ず近寄ってきました。

そして、私の体に頭をスリスリしたり、

手をなめ回したり、甘噛みしたりして、作業の邪魔をするのでした。

いたずらをしては耳をピクピク動かす仕草が

かわいくてたまりませんでした。

まさに、大きな大きな猫でした。

この牛のおかげで、牛の世話がとても楽しくなりました。

ただ、搾乳量は他の牛と比べると少ないことが気がかりでした。

牛舎の仕事を始めて2ヶ月ほどたったとき、

3番の牛が出荷されることを知らされました。

それは食肉加工用に回されることを意味します。

そのときのショックは今でも忘れられません。

牛舎の仕事を辞めようと本気で思ったくらいでした。

その日の朝、3番の牛は1番に搾乳ケージに入ってきました。

いつもは最後に入ってくるのに・・・。

牛はとても賢い動物です。

3番の牛は自分がどうなるのかわかっていたのだと思います。

前日までにネックバンドが外され、

鼻輪がつけられたことなどから、

牛なりに覚悟を決めていたのではないでしょうか。

搾乳後、業者のトラックに暴れること無く、

おとなしく乗り、運ばれていきました。

大好きな配合飼料を最後に食べさせてやれなかったことが悔やまれます。

「今まで、ありがとうな・・・。」涙が出そうでした。

3番の牛が牛飼いの楽しさと辛さを教えてくれました。

この牛の名前が「アイリス」

それから私は牛を名前で呼ばないことを心に決めました。

情が移るから・・・。

その後、何頭もの牛が出荷されていきました。

牛舎の牛はすべて最後は出荷されます。

これは定めです。

牛はペットではありません。

人間の生活の方が大事です。

しかし牛の出荷のたび、辛い気持ちになります。

牛舎の仕事を続ける限りこの辛さから逃げることはできません。

ただ、この辛さが少しずつ薄れてきているのも事実です。

私が少しずつ本当の牛飼いに近づいてきている証拠だと思います。

私にできることは牛たちが少しでも快適に過ごせるよう

心配りすることだけです。

そして、牛に限らず肉料理は

どんな部位でも全部残さず感謝して食べることです。

牛舎 仲木